アイ・ロボットを見てみる

アマプラで『アイ・ロボット』を見ました。

2004年のアメリカ映画で、主演はウィル・スミス。


物語の舞台は2035年のシカゴ。
そこでは「ロボット三原則」という絶対的なルールを組み込まれたロボットが、当たり前のように人間と共存している。

ちなみに、その三原則っていうのがこれ。

第一条:ロボットは人間に危害を加えてはならない。
第二条:ロボットは人間の命令に服従しなければならない(第一条に反する場合を除く)。
第三条:ロボットは自己を守らなければならない(第一、二条に反する場合を除く)。

このルールがあるから、ロボットは絶対に安全だと信じられている世界。

そんなある日、ロボット開発の第一人者であるラニング博士が、本社ビルから転落死するという事件が発生した。
警察は自殺と判断したけれど、ロボット嫌いの刑事デル・スプーナー(ウィル・スミス)は納得がいかない。

彼は捜査を進める中で、「サニー」という感情を持つ特別なロボットに出会う。
「ロボットは絶対に人間に危害を加えない」という常識が崩れていく中で、スプーナーは人類の存亡を揺るがす大きな陰謀に巻き込まれていく…

というあらすじです。


ここ最近、AIが急激に進化しつつあるので、なんだか身近な話のように感じられておもしろかった。

劇中に出てくるロボットの自我は、プログラムによるもの。
じゃあ、人間の自我はどうなんだろう。
やっぱり脳というハードウェアで動く、高度なプログラムなのかな?

人間の自我は「魂」と関係しているのか。
では、そもそも「魂」とは一体何なのか。
脳がバグると人格がコロッと変わったりもするので、やっぱり人間もプログラムに過ぎないのでは?

じゃあ、例えば、新しい肉体に自分の記憶だけをコピーしたらどうなる?
それはもう、自分から見たら他人のように思える。
じゃあ「移動(ムーブ)」ならいいのか。
でもこれもコンピュータ的には、コピーした後に元を消去してるだけっぽそうだから、やっぱり他人?

結局、人間はプログラムの「インスタンス」みたいな存在で、そのインスタンスが消滅することが「死」ってことか。

…って、それじゃあ異世界転生できへんやんけ!!!

などと、結論が一生出なさそうなことをつい考えてしまうw

しかし、2004年の時点では、2035年はあんな風に描写されていたんか。
あと10年程度であのレベルまで技術が進んでるとは、自分には到底思えませんが。

まぁ、199X年に世紀末覇者も現れなかったしな(^^;)

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